4月上旬の週末、難攻不落で知られた小田原城は桜の時期を迎えた。「ここに住んで本当によかったね」。お堀沿いの桜並木をゆっくりと散策しながら、小木曽一馬さん(33歳)は1歳半の愛娘を抱く妻なつめさん(35歳)に語りかけた。

 都内の企業に勤める共働きの小木曽夫妻が神奈川県小田原市にやってきたのは2021年秋。当初は都内のマンションを物色していたが、それぞれの職場で在宅勤務が増えたのを機に移住を決断した。

 「自然が豊かな場所で、伸び伸びと子供を育てたい」。小田原はそんな夫婦の願いを実現する格好の街だった。山と海に囲まれ気候は温暖。街にはゆったりとした雰囲気が漂うが、東海道新幹線の停車駅で都心へのアクセスはいい。

 夫妻が下見に不動産業者を訪れると、担当者は手慣れた様子で市内を案内してくれた。聞けば移住を検討する家族が引きも切らないのだという。実際に住んでみると、同じような境遇にある移住家族のコミュニティーもできていた。

 夫妻の収入は合わせて1100万円ほど。普段からぜいたくをすることはないが「子供に関することや、生活の質を高めるものにはお金を使うことにちゅうちょはない」と一馬さん。小田原は都内よりも生活費が安いこともあり、財布には余裕がある。移住の1年後には市内に5LDKの戸建てを購入し、最近では車も手に入れた。

妻もキャリアを重ね、収入増へ

 小田原市の人口は21年を境に大幅な転入超に転じ、23年以降は地価も上昇している。けん引役が小木曽家のような、共働きで財布にも比較的余裕のある「パワーファミリー」とその予備軍だ。

■本連載のラインアップ(予定)
・年収1500万円の共働き世帯、10年で倍増 ワークマン・ライフ攻略へ
・小田原にパワーファミリー続々移住 主な支出は「教育・趣味・旅行」(今回)
・お受験で下克上 6年目の稲花小、手厚い学童で慶応幼稚舎しのぐ人気
・マネックス・SBI、パワーファミリー開拓 「NISAに月10万円以上」が3割
・パワーファミリーの家計のぞき見「月収110万円で4割貯蓄、家事代行活用」
・109シネマズ、新宿に高級ホテル顔負けの映画館 6500円で夜景も楽しむ
・BMW、MINI購入者の教育熱くすぐり囲い込む クレカ優待で子供の留学支援
・クラブメッド北海道、「リゾート内に託児所」で人気 英語の勉強にも

 小田原駅の新幹線口に建てられた17階建てのタワーマンション「レーベン小田原 THE TOWER」はパワーファミリーの小田原人気を象徴する。2~3LDKのファミリー向け物件が中心で価格は6000万円前後。「開発当時の地域の相場では、とびきり高い水準だった」とマンションの共同売り主である万葉倶楽部(神奈川県小田原市)の高橋眞己副社長は語る。

小田原駅から徒歩1分のマンション「レーベン小田原 THE TOWER」は瞬く間に完売した(左が小田原駅)
小田原駅から徒歩1分のマンション「レーベン小田原 THE TOWER」は瞬く間に完売した(左が小田原駅)

 「売り切れるか不安もあった」。万葉倶楽部とともにマンション開発に取り組んだタカラレーベン(東京・千代田)の寒河江章執行役員は振り返る。だが蓋を開けてみれば、22年5月の販売開始から約3カ月で全戸完売。都内のパワーファミリーから想定を超える引き合いがあった。手応えを感じた同社は小田原の市街地で別のマンション開発に乗り出している。

 パワーファミリーの増加は、地域経済の活性化にも一役買う。駅前の繁華街から少し外れた場所に立つ古民家を改装したカフェ「nico cafe」。周囲はシャッターを閉じた店舗が目立つが、ここはいつもにぎわいを見せる。「都内から小田原に越してきたと話すお客さんが最近かなり増えた」。オーナーの和田真帆さんはこう話す。

 人事関係の仕事でマネジャークラスの職にある冒頭のなつめさんは「忙しい毎日だが、キャリアは積み重ねていきたい」と意欲的だ。なつめさんも一馬さんもまだ30代半ばの働き盛り。小木曽家の世帯年収は今後、高まっていく公算が大きい。

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