古くは紀元前にも遡る舞台演劇の世界。「伝統芸能」ともいえる演劇の世界は今、急激な技術革新とさまざまな社会情勢を受け、変革の一途をたどっている。今回は「演劇の力を企業へ」をテーマに、フィアレス(横浜市)で取締役CHO(チーム・ハピネス・オフィサー)を務める我妻麻衣氏に即興演劇の魅力と企業研修への応用について話を聞いた。

心理的安全性を学ぶ即興演劇研修

 台本や事前のあらすじの共有・打ち合わせなしに、プレーヤーたちがお互いを受け入れ、インスパイアしながらその場で物語を作り上げていく即興演劇。即興演劇は「即興」を意味する「Improvisation(インプロヴィゼーション)」を略して「インプロ」とも呼ばれている。近年、企業の新人研修やチームビルディング、コミュニケーションの醸成に役立つとして即興演劇を使ったワークショップを導入する企業が登場している。

 日本ではまだ認知度の低いインプロだが、米国ではPixar(ピクサー)、Google(グーグル)、Netflix(ネットフリックス)などの大企業でインプロ研修が取り入れられ、リーダーシップ教育として取り入れているMBA(経営学修士)コースもある。

 フィアレスは、「即興と表現の力で<生きる>を面白くする」をテーマに企業向けのインプロ研修を手掛ける企業の一つ。インプロのゲームやエクササイズを通じて、企業のニーズに合わせた研修内容を提供している。「テーマごとの体験型インプロ研修」や「『事前に揉(も)めとけ!』企業あるあるを演劇で先に乗り越えよう!」と題した薬剤師・IT(情報技術)企業向けの「フォーラムシアター型インプロ研修」などを手掛ける。いずれも研修を通じて「自分の選んだ行動や表現がその後の関係性や物語に影響を与える」というコミュニケーションの基本を学んでいく。

(提供=フィアレス)
(提供=フィアレス)
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 世界的インプロの権威であるキース・ジョンストン氏は、教育者の顔と演劇監督の顔を併せ持つ。これまで、俳優が抱えるさまざまな問題を解決するために数多くのインプロゲームを開発してきた。その基本的な考え方は、「大人は萎縮した子どもである」というものである。

 「萎縮した大人たちは社会の中でさまざまな『恐れ』を抱いており、その『恐れ』によって創造性やリーダーシップ、チームビルディングが阻害されています」とフィアレス取締役CHOの我妻麻衣氏は指摘する。

コミュニケーションを阻害するさまざまな「恐れ」
評価への恐れ
自分が他者からどのように見られているかへの恐れ

未知への恐れ
先が分からないことや、自分が理解できないものへの恐れ

変化への恐れ
自分が変化することへの恐れ(未知への恐れと強く結びついている)

失敗への恐れ
失敗することへの恐れ(評価への恐れの中でも特に強いもの)

対立への恐れ
人と異なる意見を表明することへの恐れ、Noと言うことへの恐れ

権力への恐れ
コントロールされること・またはすることへの恐れ(人によって異なる)

 例えばインプロには「拍手回し」というエクササイズがある。参加者は円になり、拍手を順番に回していくゲームをする。1人目が拍手をすると、隣の人がまた拍手をし、さらにその次の人が拍手をして全員に拍手を回していく。続いて拍手回しの順番をランダムにする。1人目が拍手をして、参加者の誰かに拍手を回す。「拍手が自分に渡された」と思った参加者は、続いて次の参加者に拍手を回していく。

 拍手回しの順番が明確な前者のエクササイズはシンプルで、拍手回しが止まったり、順番を間違えたりするようなことはほとんど起こらない。一方、拍手回しの順番がランダムになる後者のエクササイズでは、1人目が拍手を回したかった2人目に拍手が回らなかったり、2人同時に拍手をしてしまったり、参加者同士見合って拍手が回らずに終わってしまったりとアクシデントが頻発する。

 なぜか。順番が決まっている拍手回しに対して、ランダムに回される拍手回しには、「誰に回された拍手回しなのか」が分かりづらい。「自分に回されたわけではないのかもしれない」「自分ではないのに自分だと思って拍手をすると恥ずかしい」といった「恐れ」がコミュニケーションのハードルを上げていくためだ。

 これをできる限り防ぐためにどうすればよいか、参加者それぞれに考えてもらう。目線をしっかり合わせて「渡したこと」を伝えようとする参加者もいれば、うなずきながら拍手を受け取る参加者もいる。回し方に正解はないが、「渡した」「受け取った」というコミュニケーションを丁寧に築いていくことが求められる。

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