花王が2024年4月に発売したヘアケアの新ブランド「melt(メルト)」が好調だ。出荷本数は24年5月末時点で、6月までの出荷計画の9倍と想定以上となっている。花王は高価格帯市場において、「BOTANIST(ボタニスト)」などで知られるI-ne(アイエヌイー)をはじめとする新興ブランドに後れを取ってきた。巻き返しを図るために、meltの開発に合わせて、ヘアケア事業の抜本的な改革を開始。2つのポイントから事業改革とヒット商品誕生の裏側を明かす。
「(販売するマツキヨココカラ&カンパニーグループでは)meltは、春夏に出たヘアケアの他の新商品と比較して2倍ほど売れている」
マツキヨココカラ&カンパニーのマーチャンダイジング戦略を担うグループ会社であるMCCマネジメント(東京・千代田)で、ヘアケア商品のバイイングを担当する商品統括本部 商品部 化粧品課 主事の佐名川豊氏は、新ブランドmeltの好調さをこうアピールする。
同氏が「他の商品と比較して」と前置きするのが、BOTANISTや「YOLU(ヨル)」で知られるI-neが24年4月に発売した「Qurap(キュラップ)」を含む、新興の高価格帯ブランドだ。
- 感情でブランドポジションを切る
- 会議を“スクラム型”に変えて開発スピード3倍
- “一瞬で過ぎ去るシャンプー時間”を意識させるには
- 「商品が目立ちくい店頭を作っても意味がない」
花王といえば、日用品の王者。だがヘアケア市場の高価格帯においては、新興ブランドに水をあけられ、辛酸をなめてきた過去がある。
下図は、自宅の風呂で使うヘアケア製品市場の推移を示したグラフだ。1400円以上の「ハイプレミアム(高価格帯)」が市場全体に占める割合が、年々増加していることが分かる。トレンドは高価格帯へと移りつつある。
ところが、花王の状況はというと、展開するヘアケアブランドに対してハイプレミアムが占める割合はわずか1%にとどまっている。
このハイプレミアム市場において、強い存在感を示しているのがI-ne。例えば、YOLUは発売からわずか1年でシリーズ累計販売数が1000万本を超えた。I-neはハイプレミアム市場で次々とヒットブランドを生み出し、市場シェアを急速に拡大している。
花王は市場トレンドからの後れを取り戻すため、24年4月に高価格帯ヘアケア市場に本格参入した。これまでヘアケア市場において大手メーカーを追う立場だったI-neらは、今度は高価格帯市場で追われる立場となる。
花王は第1弾のシャンプーブランドmeltの発売を皮切りに、複数の新ブランドの投入や既存ブランドのリブランディングを進め、ヘアケア事業全体のブランド編成を再編していく。これらの変革を通じて、ヘアケア事業を成長のドライバーとして強化する方針だ。
27年にはヘアケア市場における花王ヘアケアブランドの金額シェアを11%強(23年)から16%強にまで押し上げることを目指す。
感情でブランドポジションを切る
現時点でmeltの出荷本数は計画比でかなり好調に推移している。出荷本数は24年5月末時点で、6月までの出荷計画の9倍と想定以上だという。購入層は20~30代半ばの女性がメインだ。
花王はmeltを開発し、ハイプレミアム市場に打って出るに当たり、開発体制や開発手法で大きな改革を実施した。
「チーム編成やブランドのつくり方、商品設計など全てにおいて、これまでとやり方を完全に変えた」と花王 コンシューマープロダクツ事業統括部門 ヘルス&ビューティケア事業部門 ヘアケア第1事業部 ブランドマネジャーの野原聡氏は話す。
そのポイントは「ブランドのポジションマップを機能ではなく感情で設計」「“スクラム型”のブランド開発体制の導入」の大きく2つが挙げられる。それぞれ、詳しく解説していこう。
改革の1つ目は、「ブランドのポジションマップを機能ではなく感情で設計」したことだ。
これまで、花王は持ち前の技術力という強みから、機能性を重視してブランドのポジションを決めてきた。具体的には「価格帯と悩み」や、「価格帯と洗浄力」のように価格と機能で区別して、空いている市場を見つけてブランドを投入してきた。
しかし、野原氏が、高価格帯のシャンプーを頻繁に購入している人と、比較的低価格のシャンプーを購入している人に対して、髪の悩みを調査したところ、「指通りを良くしたい」「うねりを取りたい」など、大きな差はなかった。
両者が持つ髪の悩みはほぼ同じだが、「現代の技術では、例えば、くせ毛をシャンプーだけで真っすぐにするようなことは難しい」と野原氏。つまり、機能面だけではブランド間に劇的な差は生まれにくいわけだ。
メーカー目線では、独自のポジショニングだと思っていても、消費者の目から見れば、同じということはしばしばある。野原氏は、従来の花王がこれまで行ってきたヘアケアにおけるポジショニング手法は、現代の消費者から見たポジショニングとずれがあると気付いた。
「人が商品の購入意思決定をするとき、『パッケージがかわいい』『香りが好き』『世界観がすてき』など直感的に選ぶ場面と、『価格』『機能』を見て合理的に選ぶ場面の2つあると思っている。実は高価格帯のヘアケア市場は、美容品の側面が出てきているため、前者が強く作用する。まずは直感的にいいと思わないと機能面まで見てくれない」と野原氏は言う。
そこで、野原氏は、従来の機能でブランドポジションを区別するやり方を改め、商品を使った人の感情で区別することにした。これは、実はアサヒビールの松山一雄社長が取り入れた手法と同じで、英調査会社カンターの調査ソリューション「NeedScope(ニードスコープ)」を参考にしたものだという。
▼関連記事 アサヒが頼る“6色の情緒ニーズ”とは? フレームワークも公開野原氏が、消費者がヘアケアから得られる感情を調査すると、以下の6つが浮かび上がった。「プレイフル(ポジティブ、リフレッシュ)」「ナチュラル(自然体、リラックス)」「コンフォート(優しさ、安心感)」「バランス(こだわり、調和)」「クラッシー(洗練されぜいたくな)」「インテンス(躍動的、エネルギッシュ)」だ。
これに合わせて、野原氏が新しくつくったポジショニングマップが以下だ。
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