エビデンスベースで考える「マーケの真実」 第12回

アカデミアや現役CMO(最高マーケティング責任者)たちとの議論も交えながら、マーケティングサイエンティストでコレクシア(東京・中野)執行役員の芹澤連氏がエビデンスベーストマーケティングについて掘り下げていく本特集。今回はトライバルメディアハウス(東京・中央)の池田紀行氏と芹澤氏との対談を、前・後編の2回にわたってお届けする。ファクトやエビデンスに基づくマーケティングが広まりにくい理由とは何か。

トライバルメディアハウス代表取締役社長の池田紀行氏
トライバルメディアハウス代表取締役社長の池田紀行氏

関与度に対する認識のギャップが問題の根源

芹澤連氏(以下、芹澤) 『売上の地図 3万人を指導したマーケティングの人気講師が教える「売上」を左右する20のヒント』(日経BP)の続編となる『業界別マーケティングの地図 14業界のやるべき施策、商品の「売り方」「魅せ方」が分かる』(同)が好調だと聞いています。

池田氏の最新刊『業界別マーケティングの地図 14業界のやるべき施策、商品の「売り方」「魅せ方」が分かる』。食品・飲料、酒、アパレル、化粧品、日用品、自動車、外食……14業界を取り上げ、商品特性の違いに基づく「売り方」「魅せ方」の違いを徹底解説する
池田氏の最新刊『業界別マーケティングの地図 14業界のやるべき施策、商品の「売り方」「魅せ方」が分かる』。食品・飲料、酒、アパレル、化粧品、日用品、自動車、外食……14業界を取り上げ、商品特性の違いに基づく「売り方」「魅せ方」の違いを徹底解説する

池田紀行氏(以下、池田) 芹澤さんの『戦略ごっこ―マーケティング以前の問題』(日経BP)は、上流となる戦略の考え方やフレームなど、みんなが今まで妄信していたものに対して、「待て待て、冷静に考えてみたら……」と一石を投じる内容の本でした。

 私の『業界別マーケティングの地図』も「チョコレートやシャンプーと住宅とでは、商品を売る戦略が違って当たり前なのに、なぜ、業界別に分けて考えることなく、やれAISAS(注目=Attention→興味=Interest→検索=Search→購買=Action→共有=Share)だとか、やれマーケティングファネルなどと言っているんだろう?」という思いから書きました。

芹澤 そうなんですね。

池田 なので、新しい本は「チョコレートと生命保険と住宅と家電ではマーケティングのやり方を変えなさい」っていう、ごく当たり前のことを言っているだけなんですよ。

 日本の企業にお勤めの方々は本当に優秀で、素直で、真面目で、一生懸命じゃないですか。なのに、どうして多くのマーケターが視野狭窄(きょうさく)の状態に陥ってしまうのか、不思議でしょうがないんです。

池田 紀行(いけだ のりゆき)氏
トライバルメディアハウス 代表取締役社長
1973年 横浜生まれ。ビジネスコンサルティングファーム、マーケティングコンサルタント、クチコミマーケティング研究所所長、バイラルマーケティング専業会社代表を経て現職。300社を超える大手企業のマーケティング支援実績を持つ。日本マーケティング協会マーケティングマスターコース、宣伝会議マーケティング実践講座 池田紀行専門コース講師。年間講演回数は50回以上で、延べ3万人以上のマーケター指導に関わる。『マーケティング「つながる」思考術』(翔泳社)、『売上の地図』(日経BP)など著書・共著書多数。最新刊に『業界別マーケティングの地図 14業界のやるべき施策、商品の「売り方」「魅せ方」が分かる』(日経BP)がある。

芹澤 「関与度」を考慮していないことが、1つの原因ではないでしょうか。中央大学名誉教授の田中洋先生の『消費者行動論体系』(中央経済社)によると、関与度とは、ある対象・事象・活動について消費者が自覚した重要性や関連性のことです。

 例えば、高価格品や健康に関わる商品、長く使うことになる耐久財などは、購入の意思決定にかける時間や労力などが多くなります。しっかり考えてから買うわけですね。

 しかし、日用消費財にそうした買い方を当てはめるのは違います。現実的には、ブランドどころかカテゴリーにすら興味のない人が大半です。なのにマーケターは往々にして、複雑な行動モデルや経済的な合理性を前提にマーケティングを考えてしまう。

池田 消費者のカテゴリー関与度が低ければ、合理性もブランドの選好もそれに準じますね。「マーケターが思っているほど、消費者はその商品のことを考えていない」というギャップに一番の問題があるんじゃないでしょうか。

芹澤氏の最新刊『戦略ごっこ―マーケティング以前の問題』。数々のマーケティングの“当たり前”に疑問の目を向け、300本を超える海外の主要論文や実証研究などを基にその真相を探った
芹澤氏の最新刊『戦略ごっこ―マーケティング以前の問題』。数々のマーケティングの“当たり前”に疑問の目を向け、300本を超える海外の主要論文や実証研究などを基にその真相を探った

芹澤 そうですね。『戦略ごっこ』では、特に関与度の低い消費財などでは、ブランドに対する態度が行動を変えるという「態度変容モデル」では購買行動をうまく説明できない場合があることを示しています ▼関連記事:マーケ以前の問題 事実無視の“良かれの判断”こそブランドの大敵

 一方で、耐久財や一部のサービス財のように関与度が高いカテゴリーでは、態度形成の重要度が高くなることもデータで分かっています。イベントやアニバーサリーなど関与度の高いオケージョンでは価格弾力性も小さくなる。

 関与度が1つの境界条件となって消費者行動が変わってくるわけですが、「ブランドの中の人」からは見えにくいかもしれません。

池田 その商品のことを1日に0.1秒も考えていない、超ロー・アテンションの低関与な消費者に対して、その商品のことを24時間、365日、一番ハイ・アテンションに超高解像度で考えている人(マーケター)が戦略を練るから、こんなに大きなギャップが出ちゃう。

 多くのマーケターはなぜ、「自社の商品には誰からも興味を持ってもらえない。さあ、どうしようか」という視点から考えないのでしょう。そういうオリエンテーションを受けたことは一度もないですよ。

芹澤 確かにそうですね。私はそれが“ごっこ”につながる1要因だと考えています。市場の現実を思考のベースラインにできていない。むしろ“理想”がベースになっている。

 負の二項分布が示す通り、ブランドにとって価値の高いヘビーユーザーや関与度の高いファンだってもちろんゼロではない。しかし、そういう人と、大部分のライトユーザーでは関与度も購買行動も異なる。真面目な人ほど解像度を高めようとして、「極端な顧客像」に行き着いてしまうのかもしれません。

池田 日本企業のマーケターの中には、自社に対する帰属意識やロイヤルティーが強く、「みんな、このカテゴリーに興味があるはずだ」「必ずうちの商品の良さに気づいてくれるはずだ」「それに気づいたら買ってもらえるはずだ」と思い込んでいる方も少なくありません。

 ところが、欧米のマーケターはある意味ドライで、「うちの会社はこういう商品を作っているけれど、誰も興味ないよね。だからこそ、どうやって売るのか考えてるんだけどさ」という冷静な視点から、フラットに入っているんじゃないかという気がします。

芹澤 現実主義ですよね。南オーストラリア大学アレンバーグ・バス研究所のバイロン・シャープ教授の『ブランディングの科学』(朝日新聞出版)を受け入れ難く感じるのも、そうしたマインドセットの違いがあるのかもしれません。

みんな、理論に振り回され過ぎている

池田 僕は講演の際、よく「提出義務のない宿題」を出します。例えば「全部じゃなくていいから、1週間、検索したワードを日記に書き留めてください」といった宿題です。

 1週間後、その日記に書かれた検索ワードが「ファクト」なんです。その日記を見てもらいながら「では、その検索ワードの中に『チョコレート』はありますか? 『豆腐』や『納豆』は? 『ヨーグルト』や『チーズ』は?」と質問します。ほとんどの場合、ありません。

芹澤 ないでしょうね。

池田 そこで、私は「ないですよね。けれどもみなさん、この1週間の間にスーパーへ行って、買ったものもあるでしょ? 買う前に検索していないということは、比較検討していないですよね。ということは、一般消費財に関するマーケティングファネルの中に『比較検討』はないわけです」と問題提起するわけです。

芹澤 一消費者としてのメタ視点を持ってもらうわけですね。

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書名:『戦略ごっこ―マーケティング以前の問題』(日経BP)
著者:芹澤 連
定価:2640円(税込み)
総ページ数:476ページ
発売日:2023年12月14日
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